Exhibition

Solo Exhibition - Light Couture 10

March 11, 2015

ライトクチュールが生む光、次なる時間

現在から未来へ。「心に触れる光」を一貫して探究している田中千尋。
彼は、光源の質とそれを包む素材の関係を丹念に探り、照明の構造も自由な視点で研究し続ける。自身の名を照明ブランドとして掲げ、自身のスタジオで製品開発まで手がけるデザイナーの活動は世界でも数少なく、日本では田中千尋の他には例を見ない。
今回披露される作品も、光の創出に取り組む "ライトクチュリエ"の絶え間ない模索から生まれたものであり、前回の個展以降、さらに発展を遂げてきた活動の成果でもある。光の創造に対峙してきた時間が、作品のひとつひとつに凝縮されている。
極細の糸で軽量のファブリックを縫製し、空中に浮遊し続けるかのような光を具現化した「Spore(スポア)」を田中が発表したのは2005年。ファッションデザインの現場で二次元の表現を三次元の造形に展開するなどのプロジェクトに関わった後、「今の自分から最も遠く、未知なる創造に挑みたい」と照明のブランド「CHIHIRO TANAKA」を立ち上げたのだった。
「他の誰にもできないことを探る」。そう力強く言い放つ田中らしい日々の始まりとなった。

ファッションデザイナーが一本の糸と針を手に新たな世界を表現して、見せてくれるように、田中の開発も素材に始まり、技術的な面における検証とともになされてきた。最も大切なのは、変化する社会の状況を把握したうえで発信される、未来に向けたメッセージだ。

世界の注目を集めた「Sakulight(サクライト)」では、シェードの素材に自然素材を加え、レーザー加工で裁断していたものを手で一枚一枚裁断する手法に変えた。「手仕事をとり込むことで、時代時代の工業技術の変化を超えてつくり続けていける。真に持続可能なものづくりを実現したい」との持論が背景にある。この「Sakulight(サクライト)」では、光源を交換可能な限界まで小型化したものやスタンド式など、バリエーションも大きく広げられている。
10年前の第一作にして世界的な評価を得た「Spore(スポア)」では、大胆にも照明の構造を一から見直すリデザインに挑み、シェードを外して照明の骨格部分のみでもでも使える工夫が凝らされている。「その先の時間が」内包されているのだ。新しい形、新しい質感、光のテクスチャー・・・・・・その創造力はすべて、冒険を厭わぬ情熱と理性の双方からもたらされる。

人間の歴史と切り離せない世界最古の布である麻に着目し、手縫いで立体造形に仕上げた「LiNew (リニュー)」も歴史を振り返りながら未来をつくる行為の重要性を口にする田中らしい。あるいは、硬質な工業素材と柔和なファブリックを手で縫い合わせ、人工と自然の調和の妙が表現された「Garbelight(ガーベライト)」。金属絞りの技術を駆使したシェード開発に始まり、細部の部材にも徹底してこだわった「SuzunaLuce(スズナルーチェ)」は、精緻を極めた造形を多灯吊りすることで、果物や野菜が鈴なりに実る様子と重ねあわせられている。職人たちとの対話が滲み出る緻密な仕上げには「SimpLuce(シンプルーチェ)」もある。
光を放つ側と受ける側でドームの表情を異にする「Astrococo(アストロココ)」では、ハンドステッチの穴を施す段階から手作業が活かされた。自然界が生む造形に完全に同じものがないようにステッチの柄は微妙に違う。点描画さながらに縫い描かれる光は、瞬く無数の星々。宇宙の広がりを感じさせる光の天空から、生命の源を思わせるエネルギーがそっと伝わってくるようだ。

東日本大震災から4年目となる3月11日、「東北の未来に向けた希望の光を灯したい」という田中千尋の切実な願いが、今回の個展には重ねられた。
制作のうえで次々に現われる課題と日々格闘してきたと本人が語る10年の試行錯誤をこの日だけの展示に集約させたことからも、本人の強い意志とメッセージを感じとれるだろう。
シェードを満たし陰影を描く光や、静謐さをもたらす淡い光。凛とした光、軽快な律動を感じさせる光など、豊かな光は連綿と続く時間を照らし、私たちの心に宿る。光は命でもあり、安らぎでもあり、無限の美でもある。心をゆさぶる。感動とは希望とともに存在するのだということに気づかされる。
異なる領域を結んでいけるのがデザインの力であり、可能性でもあるのだが、とりわけ光のデザインは自然界の情景と人間がなしうる表現に橋をかけ、理性と感情を結び、かたちある世界とかたちのない世界をつなぎながら、いつしか忘れてかけていた、震えるような感動も、もたらすのだ。
既存のどの照明デザインからも直接的な影響を受けておらず、その自由さこそがまさに活動の根幹となっている田中千尋。その彼が満を持してこの日に新たな光を示すということ。それは、光の創造に真摯に向きあうライトクチュリエとしての使命感にも似た、強くゆるぎない想いでもある。自由であるからこそ私たちの心に響く光が、希望の時を刻んでいく。

川上典李子 Noriko Kawakami / journalist, editor